今年最後にあった良い話
今年の大きな出来事といえば、何と言っても東日本大震災でしょう。日本人の人生観を変えたと言っても過言ではない災害でした。死者の数も大きく、更に原発事故も伴い、日本のエネルギーに対する考えを変えようとしています。また、世界に目を向けても日本が目指していたところのヨーロッパの高福祉のシステムが崩壊しようとしています。アメリカもリーマンショックから立ち直っておらず、頼みの中国、インドの経済も減速してきています。震災の影響のない西日本でも地方の荒廃には目を覆いたくなります。
今月に入って最後くらいはブログを良いネタで締めくくりたいと思って考えていましたが、何も思いつかず途方にくれていました。しかし、最後に私から見てすこしばかり良い話が3つありましたので紹介します。
一つは12月22日に毎月の漢方の師匠の寺澤先生の外来を見学していたときに、先生が次に入ってくる患者さんは只者ではないぞとおっしゃいました。誰か有名な方でも来られたのかと思いきやそうではなく普通の75歳の老紳士でした。電子カルテを覗くと2005年に転移性大腸がんの手術をされて以来、再発がんの手術、新たな甲状腺がんの手術など体に3~4回のメスを入れられていました。6年経過した今でも元気に暮らしていて、体に癌がしっかり顕在しているとのこと。その事実以上に驚いたのはその老紳士の診察態度でした。愚痴るわけでもなく、過去を嘆くわけでもなく、将来の不安を語るわけでもありません。ただ平然と寺澤先生の漢方薬の処方に協力されていました。只者ではないとすぐに理解できましたが、偉い人に特有の威張った感じは全くなく、余計なことは語らずにただ診察がスムースに行われるように協力されていました。漢方薬だけではなく、西洋医学の抗癌剤治療も同時に行われているとのことで、抗癌剤で減少した赤血球、白血球、血小板を漢方薬で増やしたいとの意味での寺澤先生の外来受診とのことでした。勿論寺澤先生は見事に応えておられました。患者さんのことを寺澤先生はキャプテンと呼んでいたので、元の職業がパイロットと分かりました。JALの国際線の機長(キャプテン)だったそうです。キャプテンという仕事の底の深さを感じました。機長は絶対に事故を起こしてはいけないという使命感で働いていて、事故を起こさないためにあらゆるトラブルに対して事故につながらないようにと努力されている。その感覚が体に染み付いていて、自分の体に起こったトラブルがなるべく大事故(死)に直結しないように自分のすべての能力と五感と利用できるすべての環境を使って戦っておられる姿に感動しました。おそらく死ぬことは十分に覚悟の上で、家族のために自分が出来るすべてのことを行う決意で毎日生きておられることでしょう。キャプテン時代も何度も死に直結するヒヤッとする場面はあったでしょうから、私の想像ですが死ぬことはあまり怖くないのだと思います。家族を中心とする周囲の人に気を使ってできることはすべて行なっているのだと思います。
もし、日本の政治家や官僚、東京電力の幹部にキャプテンの感覚があれば、福島原発の事故はもう少し小さな被害で済んだのではないかと考えます。人間のすることですから失敗もあります。まして自然の猛威の前では人間は為す術がないことも歴史が教えてくれています。しかし、トラブルが起こった時に人々の命を優先するか自分たちの利益や権威を優先するかは、誰が考えても命を優先するべきですが、いざその時になってみると人間は人々ではなく自分を守ろうとするものかもしれません。今現在の日本の官僚、政治家、経済界のトップのだらしのない姿を見ているとどうしてこのような大事故になったのかよく理解できます。その一方でこのキャプテンのような多くの日本人がいることも事実です。震災後に多くの日本人は結束して善意の輪を広げました。震災が多い日本で長い間助けあって生きてきた日本人の叡智の遺伝子が誰にも備わっています。私が出会ったキャプテンのように誰でもなることができます。やっている仕事の大きい小さいは関係ありません。1億3千万人の日本人がこの感覚を持つことが出来ればこの国はきっと蘇ります。
長くなりますが、私にとって良いことが昨日ありました。今井書店でレンタルビデオを借りて帰る前にふと剣道雑誌のコーナーに行ってみました。剣道日本という雑誌が最も権威のある雑誌ですが、なんとその剣道日本の表紙に7月に逝去された私の剣道の師匠の子息小村健(島根の高校教員)が載っているではありませんか。島根の剣士が剣道日本の表紙に載ることはまずなく目を疑いました。更に最初の4ページに彼のインタビューが載っているではありませんか。家に帰ってからその文章を何度も読んで涙が止まりませんでした。父と同じ体育教師になりたいという夢を持って大社高校から筑波大学に勉強で入学して、推薦で入った(筑波大学剣道部はインターハイでベスト4以上の剣士が推薦で入学する)先輩や同輩に混じって頑張ってレギュラーとなって日本一になった話や高校時代に高木先生から「中心を外すな」という教えを守って姑息な試合に勝つ剣道ではなく、生涯にわたって強い剣士になるための本格派の剣道を学んだことなどが書いてあました。最も私の目を釘つけにしたのは、「無心とは最大集中のような状態。試合で心がけているのは目の前の相手に集中すること。生徒にもそれまでやってきたことで勝負するんだから勝敗にとらわれることなく、目の前の相手に集中しろと言っている」という言葉でした。この言葉は私の恩師故小村美正先生の考えに似ているが更にそれを超えています。また、父から一度も剣道のアドバイスを受けたことはないと語っておられました。父であり、一流剣道教育者の先輩である小村美正先生が同じ道を歩んだ息子に一度もアドバイスをしたことがないのはもったいないと思いますが、だからこそ父を超えるコメントが出てくるし、父を超えた剣士にもなれたのかもしれません。かつて小村マジックと呼ばれた父の指導力を超えた指導者になることを確信して私は本当に嬉しくなりました。ここ何年も全国大会では活躍していても足腰の強い中心を外さない強い剣士が誕生してない島根の剣道界ですが、小村健がいるかぎり一流剣士を育ててくれることでしょう。一流の剣士とは剣道が強くなると同時に人間的に一流になって初めて認められるものなのです。今後の島根の剣道界に期待します。
最後に私のもう一人の西洋医学の師匠の小林祥泰先生が島根大学の学長就任が決まりました。島根大学は松江キャンパスの医学部以外の票が多くて医学部からは無理だと言われてきました。今回奇跡的に医学部から学長になることができたのは、小林先生の中心を外さない本格的な姿勢が評価されてのことだと私は考えます。もう姑息なやり方は今の世の中では通用しません。小村健の言葉ではないですが、今までやってきたことで無心に勝負する小林先生の骨太のリーダーとしての生き方が求められているのでしょう。その期待にきっと応えて頂けると信じています。