幸せは相対的なもの
茂木健一郎さんによると、世界的にも日本においても戦後の貧しい時期と今とでは各国の国民の幸せを感じる割合は変わらないとのことです。特に日本においては私が生まれた昭和30年台から現在にかけて、世界的にも類を見ないほどの経済成長があったにもかかわらずの話です。子供の頃を思い浮かべてみても、今のような文化的な生活とは程遠い生活でしたが、それなりに幸せだったと思います。洗濯機、冷蔵庫、テレビが三種の神器と言われてそれを買うのを目標に親たちは頑張りました。おやつなどはほとんどなくて、自然に柿やビワをとって食べていました。それでも我が家では普通の暮らしをさせてもらって、結構幸せでした。家の建設業が高度経済成長の波に乗って、我が家も豊かになって父親も高級車に乗るようになってきても、特に大きく幸せ度が増したとは考えられませんでした。父が他界して母の末の弟が事業を継承して、10年後に倒産させて、母と私はその残務整理に追われて大変な目に会いましたが、一文もなくなっても残った家族で団結していて、それなりに暮らしていました。その状態で嫁に来てくれた妻への結納を負けてもらって、洋服ダンスと整理箪笥だけ持っての嫁入りで、後は私が使っていたものを使用して一つづつ買って行ったのを覚えています。結婚資金もなかったので、結婚式は極めて質素に行なってお祝い金だけでできたことを覚えています。あの頃からもしかして経営の才能があるのかなと自分で自画自賛していました。新婚旅行のお金が足りなくて、カードで支払って帰ってからのアルバイトが大変でした。
今は開業してあの頃よりははるかに経済的には豊かになっていて、車も3年ものの中古車からベンツになっていて、家も建てることが出来ましたが、どちらが幸せだったかと考えたても結論がでません。あの頃は生活の全てが挑戦で、無我夢中で頑張っていたので、苦しいながらも充実感はありました。31歳で厚生連の病院長になったので、自分のすべての人生感とエネルギーを使って一生懸命に生きていました。
現在はお陰様で、ほとんど心配のない生活を送っていますが、将来を見通すことが出来て変化のない毎日です。自分でも幸せだとは思いますが、結婚前のどん底の状態とどちらが幸せ度は大差がありません。
日本人全体も私自身も、貧しい時代と豊かになった時代では、個人差はあるでしょうが、必ずしも経済力のみで幸せ度を決定するものではないということです。幸せ度はあくまでも相対的なもので、他人との比較で感じるものであるということです。日本人全体の中でどの位の生活を送り、周囲の人からどれだけ頼りにされるかなどの要素が大きいようです。日本人は特に周囲の人々の状態に比して自分がどの位置にいるのかをとても考える民族なので、幸せ度も地域社会の中での相対的な評価になるのです。
中央アジアのブータンではほとんどの国民が経済的に決して豊かではないにもかかわらず、幸せだと感じて生活していることはご存知だと思います。
もう一つ、自分自身の生活史において、過去に比べて経済的に豊かになったのか、周囲の人から頼りにされているのかなどのファクターが経年的にどう変化してきているのかが、幸せ度を規定する要素の一つであるとおもいます。
お金持ちにケチが多いのは、今になって多くの経済力のある人と付き合ってみるとわかるようになりました。そのケチな金持ちは、今よりももっとお金が欲しいと考えて、自分の自己研鑚や他人への思いやりに使うお金は持ってないようです。ですから、いくら裕福になってもお金を稼ぐことにのみに貪欲で、なおかつ人に対して使うことを知りません。ある程度の使い方をしないので、人が自分の周りに集まらなくなって来て尊敬されることもなくなってくるので、いつまで経っても幸せを感じることはありません。
一つの道を極めた時に、別の自分の可能性を試して努力することも幸せ度を増す要素の一つになると思います。自分の職業や趣味において90%出来上がっている人が、それを95%に伸ばしても幸せ度は大して増しません。今度は今までやってきたこと以外の自分の可能性をためして、0%から何割かでも達成度が増えた時に幸せ度は増してきます。私の師匠の小林祥泰先生は医者としては、大学病院の院長もやり、日本内科学会の会頭もやり、医者としては頂点を極めた後は、この世界ではなく他の学部が主である島根大学の学長になられて、最初は慣れない人脈で苦労されたようですが、最近では結構楽しんでおられるようで、大きく自分自身の幸せ度をアップされたようです。自分自身の努力で達成した状態であるので、充実感もあり多くの人の尊敬も得ることができます。
私自身も、将来は今の開業医の生活を息子に譲って、何か人々の役に立つ仕事を第二の人生でやりたいと考えていますが、まだまだ先の夢物語です。
幸せを感じるためには、ある程度の人並みの経済力は必要ですが、そればかりではないことを理解して、自分の持っている可能性にチャレンジしてみることこそ必要であるように思います。