素敵な99歳
このホームページには守秘義務の関係から患者さんのことを今までに書いたことはありません。今回は許して頂けると思うので99歳の男性の話を書かせて頂きます。
2年前にずっと往診で診ていた95歳のおばあさんを在宅で看取りました。最近では珍しいことですが、家族の希望があってそうしました。そのおばあさんには配偶者がいて、おばあさんの最後を心配そうに見ておられました。おばあさんの死後畑仕事もして、私のちょっとした薬を内服するだけで元気に過ごしておられました。年明けて今年は満で100歳になられるので久しぶりに元気な100歳老人を診察できると思っていたのですが、1月下旬に家族から相談を受けました。
それは正月の3日を過ぎてからおじいさんから「わしは今年で100歳になる。もう十分に生きたのでそろそろあの世に逝かしてもらう」と言い、それ以来何も食べなくなったというのです。かろうじてコップ1杯の牛乳だけは飲んでくれるというのです。あわてて往診に行き、おじいさんと話をしました。私が説得しましたがおじいさんは「先生、もう十分に生きて来ました。そろそろ逝くことを許してください」と言って私の説得などは聞きません。私も覚悟を決めて「分かりましたよ。確かに十分に生きて来られましたのであなたの好きなようにしてください。ただ家族の方も心配なので牛乳だけは飲んでくださいね」と言い、介護保険の手続きをすぐにして、訪問看護を頼んで在宅で看取る準備をしました。家族にも合わせるべき全ての人に合わせてあげてくださいと伝えて、私自身も久しぶりの在宅での看取りに備えました。
2月5日の訪問看護の初日に担当の看護師から昼休みに電話があって、まだ意識はありますがかなり厳しい状態なので来てくださいとのことでしたので早速駆けつけました。私が往診に行って間もなくして息が止まり、心臓も止まりました。心電図のないところでの死亡宣告なので慎重に死亡を確認して、ご臨終を家族に告げました。実はその日の午前中に大阪にいる何番目かの息子さんが最後に駆けつけておじいさんと話をして、私も昼休みに看取ることができて外来の患者さんを待たすことがありませんでした。次の日から大阪への出張があったのも避けてくれて、何か全ての周囲の人に迷惑をかけることもなく旅立たれました。臨終に際しての家族や私も含めた医療スタッフが誰も涙することもなく、マラソンを走りきったランナーに拍手するかの様な最後でした。長いこと医師をやっていますが、このような最後は初めてです。もう十分に走りきったランナーに送るあの世へのエールで見送ることが出来たのです。
考えて見ると人間が十分に生ききったかどうかは本人が一番知っています。私たちは人の死に関してとかく自分の物差しでいろいろと勝手なことを言いますが、死ぬ本人が十分に走ったかどうか一番よく知っています。ある人には42.195キロがフルマラソンであっても、ある人には10キロがフルマラソンかもしれません。例え短い距離であっても一生懸命に走りきったマラソンなら悲しむと同時に、今まで一生懸命に生きたことに対して敬意を表して拍手も送ってあげたいとこのおじいさんに教わりました。私の弟の次男が先天性の脊髄性筋萎縮症で生まれてから歩いたことがありません。今年中学に進学しますが、一生懸命に明るく生きています。彼を見るたびに心の中で涙が出てきます。普通の人よりは短い人生であると思いますが、彼の走るマラソンレースをじっと見守って行きたいと思います。