院長の独り言
Monologue

2008.4.1

楽しく働く

先日、高校1年の長男の模試などの数学の結果が学年で1.2番の成績になってきました。明石家さんまが好きでさんまが出ている番組は試験の前の日でも必ず見ます。息子になぜ数学の点数が上がったのか聞いて見ました。試験の点数を気にして一喜一憂している頃は、得意の数学もあまり自分の力を発揮しているとは言えなかった。ところが、数学を楽しく学ぼうと思って勉強して、課題テストがあっても特に準備をせずにいつもの楽しく勉強のスタイルで範囲外の勉強をして、少しだけ範囲のことを勉強してガチンコで試験に臨む。自分が良く理解している項目の数学の授業は居眠りをして睡眠不足を補い、とにかく時間がかかっても数学は楽しく勉強することにしたらかなり出来るようになったというのです。英語や国語は語学が苦手なので楽しくの領域には行ってないが、英単語などを覚えて何とか楽しいと思えるまで努力してみると言っていました。模試の成績も15番が25番に下がっても特に気にしないと言い切り、日頃の楽しく勉強の精神を貫く。そのことの一部にさんまの番組があると言うのです。お父さんは多弁で人の言えないことを思い切って言って、楽しそうに患者さんや友達に話すことが出来るから人が集まってくる。それもある種さんまの様な存在ではないかと言うのです。
 また、息子に一本取られました。 進学校で大学受験の勉強を張りつめてしていると緊張で体調を崩したり、登校拒否になったりすることがありますが、誰に似たのか妙にストレスへの対応を上手にしていると思いました。個人面談に行った時に担任の先生から自分の数学の授業で居眠りをしていたり内職をして、当てるとちゃんと答える。自分の理解している内容なのでつまらないのは分かりますが、復習して為になることもあると思うので聞くように言ってくださいと注意されました。息子にそのことを言うと夜遅くまで勉強した日はどこかで居眠りの状態になってしまう。それが自分で勉強が先に進んでいる数学の時間なのだ。楽しく勉強しないと受験勉強は続かないと言うのです。私は納得しました。
 息子のお陰で楽しく働くいうキーワードを連想して、楽しく働く事を教えてくださった3人の先生を思い出したのでご紹介します。
 最初の先生は先月の独り言に出てきた丸亀市での研修医時代の故小林実先生です。半年の研修の半ば過ぎた頃、いつもの様に仕事が終わって先生と飲みに行った時に「俺はおまえに半年の間に、医者は技術を身につけて病気を治すことを覚えたら、こんなに楽しくおもしろい仕事は他にないということを教えてやりたい」という言葉を頂きました。小林実先生は学問的には無名で岡山大学を卒業して国立病院で呼吸器を専門にした後、名もない個人病院にスカウトされて自分の腕一本でその地域の名医と言われていました。酒も豪快に飲むし、麻雀もするしゴルフなど遊びは何でもする先生で患者さんの行列が出来る程人気のある先生でした。10年前に肺癌で他界されました。医者という仕事を楽しむ領域に到達するには、相当の努力と創意工夫が必要であることは、後の私の医者人生の中で嫌というほど実感できました。今、少なからず医者という職業を楽しむことが出来るのは小林実先生のお陰です。患者さんから先生のお陰で病気が良くなりましたと言われる瞬間が何より幸せなひとときです。
 二人目は私の神経内科の師匠である小林祥泰先生です。 現在島根大学医学部付属病院院長で2010年に日本最大の学会である内科学会会頭をつとめる学会の重鎮です。私が入局したときは小林先生は講師で小さなグループのリーダーでした。患者さんを診察したり、学会の準備などに関してはとても厳しい先生ですが、勉強も遊びも常に自分で楽しめる人です。スキーにグループで行ったりゴルフをしたり、学会に行くと飲み屋に行って大騒ぎしたり、何をしても無駄な時間がなく自分で楽しむ事ができます。上司なのに一緒に誘って遊びたくなる先生で、銀座に連れて行ってもらうのが楽しみでした。研究に関しても遊び心が大いにあり、とんでもないようなアイデアを考えつきます。外来をしていても講演をしても他の人が辛いと思うこともすべて楽しくこなしてしまいます。現在大学病院の院長として機構改革に取り組んでおられます。かなりの抵抗勢力を相手に戦っていることでしょうが、すべてのことを楽しむことができるので誰もかなわないでしょう。自分で常に楽しむ事を知っている小林祥泰先生は、最強の頼りになるリーダーです。
 最後の一人が私の東洋医学の師匠の寺澤捷年先生です。テレビにも何度も出演されている全国的に有名な先生です。富山医科薬科大学に和漢医学教室を全国で初めて作られて、その弟子達が全国の大学や基幹病院で漢方薬の診療、教育で大活躍していて、現代の日本漢方を普及させた第一の功労者です。富山医科薬科大学の医学部長、付属病院院長を歴任され今は母校の千葉大学に帰って後輩の指導あたっておられます。そんなすごい先生のお話を、私は20年前にたまたま聴く機会があり、一目惚れして富山まで毎年押しかけてほんの短い時間でしたが、勉強させて頂きました。その後私の西洋医学の師匠の小林先生に紹介したところ意気投合して今では島根大学医学部の外部監査委員になってもらうほどの親密な仲になっています。
 寺澤先生の楽しむというキーワードにおける特徴は、人を楽しませるということです。小林先生の様に自分で楽しむことも知っておられますが、それよりもっとすごいのが自分の周りの人を楽しくさせる特性があります。講演を聴いても外来を見学してもこの先生くらい聴衆や患者さんを楽しませる医者は見たことがありません。きっと人を楽しませるのにかなりのエネルギーを必要とするためか、小林先生の様に講演や外来の数をこなすことはできません。私は、少しでも人を楽しませる特徴をまねしようと富山に毎年通ったといっても過言ではありません。外来での患者さんへの能書きや講演での話の入り方はかなり盗ませて頂きました。今現在、私が外来で患者さんを笑わせたり喜ばせたり出来るのは寺澤先生のお陰です。この先生に出会ってなければどんなにつまらない開業医生活を送っていたことでしょう。先生のお弟子さんは立派な漢方の先生ばかりで、私は漢方薬の知識では教わっている時間も少ないので全くかないませんが、人を楽しませることを学んだレベルは上位にいると思っています。今年も島根大学に7月にこられる予定で随分楽しみにしています。
 以上の3人の先生に楽しむというキーワードで私はかなりの影響を受けて今日があります。小林実先生に医者という仕事の治す楽しさを教えて頂き、小林祥泰先生には自分が楽しむ事を教えて頂き、寺澤捷年先生には人を楽しませることを教えて頂きました。これらの楽しむ事を大病院で疲弊して辞めて行く医師達に是非知ってほしく思います。自分で楽しみ、医者という職業を楽しむ事が出来なければ勤務医から開業医になっても、別の辛い日々が待っているだけで同じ結果を繰り返すことになります。一般の患者さんも同じ事が言えます。どん底の状態にあると思われる状況の中にいても、何かちょっとした楽しむポイントを見つけてそれをきっかけに立ち直ってほしいと思います。私自身の診察がそのきっかけの一部になればといつも思っています。
 息子の数学を楽しむという発言から、自分自身の医者を楽しむということに置き換えて考察してみました。息子は4月から高2になります。今英語を猛勉強しています。きっと彼なりに時間はかかっても数学以外の教科も楽しみ方を見つけることでしょう。それまでは個人面談で居眠りや内職のことで先生に私が怒られることにします。それも親の仕事と考えます。浪人して何年かかっても自分で楽しいと思えるような大学に行って、楽しいと思える仕事で良き社会人になってほしいと考えます。そして成長して余裕が出来れば人を楽しませる人間になってほしいと思います。