人を育てるということ
島根県の高校出身でプロ野球の監督になった人物は二人いて、一人は梨田監督で、もう一人が当時の江川高校出身の谷繁監督であります。どちらも捕手出身で投手をおだてたり、叱ったりして優秀な捕手として活躍しています。谷繁が監督になってしばらくしてからのインタビューで、今までは頭に来たら遠慮なく投手を叱っていたが、監督になってからはそれが難しくなってきて、よく考えて選手と話さなくてはいけなくなったと言っていました。それを聞いて多分良い監督になるであろう予感がしています。
リーダーは孤独で、自分の考えたことを全て部下に話していては部下は緊張して萎縮してしまいます。世の中の出来事は上手くいかないことがほとんどで、ごく稀に上手くいくことがあれば良い程度の割合です。優秀な打者でも3割程度しかヒットを打てなくて、7割は凡退してしまうわけですから、凡退時にすべて怒られていてはお互いに身が持ちません。優秀と言われている監督は選手の褒め方が上手です。普段は厳しい星野監督にインタビューで褒められると、野球選手は単純ですからこの人のために頑張ろうという気になります。落合監督にしても、原監督にしても日本一になった監督は飴とムチの使い方が上手です。少なくとも最初は上手く褒めることが出来なくても名監督と言われるようになってくると、大体上手になってきています。
警察犬を訓練する際も、怒って教えるのではなくて、少しでもよく出来た時にオーバーに褒める。犬はまた褒められたくて頑張って訓練をする毎日の連続で、優秀な警察犬に育つということをNHKのテレビでやっていました。
私が上司として仕えた人のの中で、小林祥泰先生は抜群に飴とムチの使い方が上手でした。嫌な仕事だなと思っても、褒められてお立てられるとついつい頑張ってしまいます。普段がとても怖い人なので、褒められるとその落差は大変な効果を発揮します。問題は普段の厳しさに耐えられるかどうかなのですが、耐えられるので部下として残った多くの諸先輩はその後頑張ってきて、現在も地域医療の最前線で社会に貢献しています。現在の研修医には昔の様なやり方は恐らく通用しないでしょうが、あの頃の医局では多くの若い先生が鍛えられて育ってきています。
さて、現在はどのように指導したらよいのか。野球界などのスポーツの世界や医学界、各企業でも頭を悩ませているところだと思います。理屈に合わないことを上からの権力で押し付けても無理で、ちゃんと説明をして理解させて、リーダーが自らやって見せて、任せてみる。出来なかったらどこがよくなかったのか説明してやり、出来たらオーバーに褒めてやる。それくらいのリーダーシップが要求されると思います。昔からやっていることでも、現代になって不合理なことは共に話し合って改良していく姿勢も欠かせません。私が所属しているロータリークラブでも昔からの習わしが古くなって現実にマッチしなくなってきた事例も多々あり、思い切った改革が必要になってきています。若い世代と共に考えることの出来る人はついて来られますが、そうでない人は退会して行きます。良い悪いではなく、昔はこうであって良かったと言っても始まらず、やがて組織の将来を背負って立つ若者についていかざるをえません。
現代のリーダー論で大切なことは厳しさと褒め方のバランスを上手にとることと、部下の一人一人に応じた接し方を考えることではないかと思います。また、時代の変化に遅れないようにプライドを捨てて、時には部下に教えてもらう位の気持ちも持たないと立派なリーダーにはなれないと思います。目下の人と同じ目線で物事を見る位の謙虚な姿勢を部下は決して馬鹿にしたりはしないと思います。
そうする事こそ、ベテランになってからの自分を最も効率よく進化させる唯一の方法ではないかと考えます。
31歳から病院長などずっとトップの仕事をしてひと歳とって、若い世代を見て感じる私の結論です。大学の講義や全国での講演活動をして自分の持っている知識を次の世代に教えていく事こそ、私自身の能力を高める最も効率の良い方法ではないかと考えます。